ロボット

更新日:2020.04.03

グリース塗布から外観検査、
さらには人の手の代わりへ

人手不足問題の救世主となる
手首関節モジュール「i-WRIST®

製造現場の”救世主”へ

自動車用として進化を続けてきた等速ジョイントのメカニズムは、他の用途にも応用できるのではないか。この発想を基に約20年前、パラレルリンク機構を活用した角度制御装置「i-WRIST」の開発がスタートした。その後、紆余曲折を経て製造現場で採用され、さらに新たな用途も開発されつつある。今後、人手不足が懸念される日本の製造現場の救世主となる可能性を秘めたデバイス、それがi-WRISTだ。

  • 磯部 浩

    磯部 浩

    産業機械事業本部
    ベンチャーR1プロジェクト

  • 利見 昌紀

    利見 昌紀

    産業機械事業本部
    ベンチャーR1プロジェクト

  • 坂田 清悟

    坂田 清悟

    商品開発研究所

  • 野瀬 賢蔵

    野瀬 賢蔵

    商品開発研究所

さまざまな製造工程の自動化・省人化を後押し

製造現場の変化

近年、人手不足などを背景に、製造現場ではFA(ファクトリーオートメーション:生産工程の自動化)やIoT(インターネットオブシングス:モノのインターネット)が普及している。これと同時に、人の代わりに組立や検査などの作業を行う協働ロボットもまた高い注目を集める。

等速ジョイントから生まれたi-WRIST

i-WRISTは、NTNが世界シェア2位を誇る等速ジョイント(ドライブシャフト)の技術から生まれた商品である。等速ジョイントは、自動車の「走る」「曲がる」に欠かせないパーツだ。エンジンでつくられた動力は、トランスミッション、デファレンシャルギアに伝わり、そこから等速ジョイントを介してタイヤに伝えられる。等速ジョイントは、タイヤが真っすぐの時はもちろん、旋回時などタイヤが曲がっている時においても、なめらかにエンジンの回転を伝える役割を持つ。
NTNが強みとする等速ジョイントの動きから生まれたのがi-WRISTである。独自の制御機構から繰り出されるなめらかな動きは、さまざまな製造工程に適用可能。もの造り現場の自動化・省人化を後押しする。

手首関節モジュール
「i-WRIST®

小型、省スペースで広い可動角度範囲を実現した位置決め装置。可動範囲は最大折れ角90°、旋回角360°、半球面体上のどこにでも素早く狙いを定め、そこから同じ方向に何回も旋回させることが可能。垂直多関節ロボットが苦手な細かな位置(角度)変更を、人間の手首と同じようななめらかな動きで高速に行うことができる。

i-WRISTの活用事例

他のロボットと組み合わせたり、エンドエフェクタを取り付けたりすることで、外観検査やグリース塗布、洗浄などさまざまな工程に適用可能。

等速ジョイントから生まれた新プロジェクト

一度は断念されたプロジェクト

「90°の折れ角を持つ等速ジョイント機構の新たな活用法を探れ。上司から指示されたのは2002年、私がまだ入社してまだ間もない頃でした」と、現ベンチャーR1プロジェクトサブリーダーの磯部浩は、そもそものきっかけを振り返る。
当時、等速ジョイントの折れ角を極大化させ。90°で等速性を確保したジョイントを開発したが、自動車用途での採用は耐トルク性能の面から難しかった。この等速ジョイント機構自体にモータを付けて、先端部分を動かせば何かに使えるのではないか……。そんな発想からスタートしたプロジェクトにおいて、磯部がまず取り組んだのは、ジョイント部分の動きと先端部分の動きの解析だった。同時に、このようなメカニズムに対する需要調査も行う中で、ちょうど開発中だったあるロボットの手首を動かすメカニズム用として採用検討が始まった。
「プロジェクトといっても実際に動いていたのは、まだ新人だった私一人ですからできることに限界があります。ロボットへの採用についてはある程度まで話は進んだものの、剛性不足のため不採用となりました」(磯部)
ここまで約3年をかけたプロジェクトは、いったん中断される。しかしその4年後、今度は医療用途での活用をめざす開発が再び始められた。
「2009年に医療ロボット『ダ・ヴィンチ』の国内での製造販売が承認されました。このニュースを見て、医療用途なら重いものを持たなくてもよいから、等速ジョイント機構を使えるのではないか。そんな流れで開発を再開し、2010年の工作機械の展示会(JIMTOF)に出展した結果、流れが変わったのです」(磯部)

ロボットメーカではありえない“逆転の発想”

展示したのは、医療用途を念頭に開発されたi-WRISTのプロトタイプである。動きの柔軟性を訴求するため先端に樹脂製の軽いオブジェをつけ、角度を色々変えてみせた。
「このデモを見たあるメーカから、生産ラインでのグリース塗布に使えないかとの連絡が入ったのです」と、進み始めた開発を語るのが、ちょうどこの時期からプロジェクトに関わった商品開発研究所主任研究員の坂田清悟だ。
顧客から試験用としてグリースのディスペンサが送られてきた。これを実際に付けて動きを確かめてほしいとの要望である。グリース塗布であれば、先端を大きく動かす必要はない。角度にして20°ぐらいだから駆動モータは2個で足りる。ところが、この仕様だとバックラッシュが起こり先端がぶれた。これでは狙ったところにグリースを塗布できない。
「そこで思いついたのが、モータを3つ付けるアイデアでした。各モータの動きをあえて喧嘩させて抑えれば、結果的にバックラッシュを消せるのではないかと考えたのです」(坂田)
ただしモータの数を増やせば、動きの制御は飛躍的に難しくなる。当然コストアップ要因ともなるため、ロボット専業メーカならありえない発想だ。ところが磯部たちはゼロベースで問題解決に取り組んだ結果、あえてモータの数を増やす『逆転の発想』を採用した。
「ただし動きを制御するプログラムを考え出すのは、至難の業でした。けれども、ここさえ乗り切れば画期的な商品が生まれる。モータを増やせばコストアップになりますが、その分現場での生産効率が高まれば、結果的にお客さまのメリットになるはずです。実際にディスペンサを載せて動かしてみたとき、これならいけそうだと手応えを感じました」(坂田)

図:モータ(青丸部)を3つ取り付けることで先端部のバックラッシュを防ぐことに成功

90°まで曲げろ

モータを増やして振動を打ち消す。確かにアイデアは良かった。けれども、実際に3個のモータをうまく調和させるのは、容易なことではなかった。
「機構が複雑になりますから、途中の動きをどのように制御すればスムーズに動かせるのか。プログラムが固まるまでに1年ぐらいかかっています」と、ベンチャーR1プロジェクト主任の利見昌紀は振り返る。
他にも課題はあった。生産効率を高めるには、グリースを塗布する先端部分を可能な限り速く動かしたい。ところが加減速を速くすると、先端部分が揺れるため狙い通りにグリースを塗布できないのだ。
「悩んでいたときに部内で回覧している技術誌の表紙が、目に飛び込んできました。その特集タイトルが『加速減速時の振動制御法について』。ここに答えがある。そう思ったとき、これが俗に言う“セレンディピティ”なのかとちょっと震えました」(磯部)
改良を重ねた結果、ようやく試作機の導入にまでこぎつけた。ただし、導入に際してはもう一つ、要望が出された。現場での使い勝手を高めるため、ワークのXYZ座標を入力するだけで動くようにしてほしいと。
「再度プログラムを見直したあとで、“意地悪テスト”を徹底しました。機能が増えればその分、どこかでソフトのバグが出るおそれもある。これら想定されるトラブルを可能な限り事前に潰しておくのです」と、商品開発研究所の野瀬賢蔵は“意地悪テスト”の意味を説明する。
実際に生産現場で使い始めると、新たな要望が寄せられた。本格的な大量採用を前提とした原価低減、先端部のさらなる振動抑制と動きの高速化などだ。課題解消に取り組む中で出てきたのが、グリースディスペンサをアーム内に埋め込むアイデアだった。
「一体化すれば慣性モーメントを小さくできます。グリース供給ケーブルを機構内部に通す提案が実現したのが2014年、それからは毎年10台のペースで納品できるまでになりました」(磯部)
メカニズムの精度が飛躍的に高まった2014年、再びJIMTOFに出展すると新たな用途提案が寄せられた。
「このメカニズム、とてもおもしろいんだけれど、先端にカメラを付けることはできないの?」
来場者のなにげないひと言が、再び新たな用途開発への扉を開いた。

次の100年のNTN、
その代名詞は「i-WRIST」を目指す

外観検査への適用

カメラを付ける目的は、生産ラインでの外観検査だ。ベテラン検査員による目視検査を自動化できれば、生産効率は高まる。ただし、そのためには人と同じように姿勢を変えて、必要な部分をくまなく検査できなければならない。
「外観検査を行うには、カメラの焦点をピンポイントで合わせなければなりません。そのため可動角に関する考え方を、グリース塗布とは一変する必要がありました。機構を変えれば、プログラムも見直さなければなりません。最終的には90°まで曲げる必要があることがわかり、いかにコンパクトな構成にするかも課題となりました」(利見)
この頃、社内でも新たな動きが起こっていた。それはi-WRISTの量産化であり、NTNの新商品として大々的に販売する計画である。そのために立ち上げられたのがベンチャーR1プロジェクトだ。
「検討を重ねた結果、外観検査で使うには画像処理メーカとタッグを組む必要があることがわかり、導入に向けて協議を重ねています」(磯部)

“手首”から”腕”へ、i-WRIST次のステージ

これまで顧客からのリクエストに応える形で進化してきたi-WRISTは、新たなステージに進化しようとしている。
「要するに耐荷重性も含めてi-WRISTは、人の腕とほぼ同じような動きを実現するメカニズムです。であるならば、いま人が手で行っている作業の多くを代替できるはずです。しかも、人間と違ってi-WRISTは24時間フル稼働できるから、労働人口の減少をカバーする救世主となれるのではないか。今後多くの製造現場にi-WRISTが導入されれば、次の100年のNTN、つまり自分たちが主役となる時代には、『当社は“i-WRIST”の会社』となるはずです」と、チーム最年少の野瀬は近未来への抱負を語った。

  • ※取材内容、および登場する社員の所属はインタビュー当時のものです。